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米津玄師『LOST CORNER』を語る

2024年8月に発売された、米津玄師、6枚目のオリジナルアルバム『LOST CORNER』。
リリースから1年以上経って、ようやく隅々まで聴きつくすことのできたこのアルバム。これは単なるポップソングの詰め合わせではありません。

前作『STRAY SHEEP』から約4年。世界は大きく変わりました。パンデミックを抜け、日常が戻ってきたようでいて、どこか決定的に何かが失われてしまったような感覚。そんな「失われた曲がり角(LOST CORNER)」で、米津玄師は何を歌うのか。

今回は、このアルバムの中から特に重要と思われる楽曲をピックアップし、音楽的な専門用語は極力使わずに、その凄みについて語っていきたいと思います。なぜ彼が現代のトップランナーであり続けるのか、その理由が少しでも伝われば幸いです。

RED OUT:強烈な歪みが告げる、アルバムの幕開け

アルバムの1曲目を飾る『RED OUT』。再生ボタンを押した瞬間、まるで騒音まみれの繁華街に放り出されたかのような、切迫感と焦燥感が私たちを襲います。
『LOST CORNER』の導入曲として、非常に需要な役割を担っています。

特筆すべきは、米津玄師のボーカル処理です。彼の持ち味である、深く包容力のある「良い声」があえて汚されています。「がなり」と呼ばれる喉を鳴らすような歌い方や、声を震わせるトレモロ、そして機械的に歪ませるディストーションといった加工が執拗なまでに多用されているのです。

なぜ、あえて綺麗な声を汚すのか? それはきっと、この『LOST CORNER』というアルバムが、綺麗事だけでは済まされない現実世界を描いているからではないでしょうか。整えられた美しさではなく、ノイズ混じりの感情こそがリアルだと言わんばかりの音作り。

この曲が1曲目にあることで、私たちはこう突きつけられます。「ここから先は、ただのポップスじゃないぞ」と。このアルバム全体の「壊れた世界観」を一気に体感させてくれる、これ以上ない導入剤となっています。

KICK BACK:常田大希との共鳴がもたらした「遊び心」の解放

アニメ『チェンソーマン』の主題歌として世界的なヒットとなったこの曲。King Gnuの常田大希氏がアレンジ(編曲)で参加していることは有名ですが、このコラボレーションが持つ意味は、単なる「有名人同士の共演」を遥かに超えています。

二人の共作はアルバム『BOOTLEG』収録の『愛麗絲(Alis)』以来となりますが、今回の『KICK BACK』における化学反応は凄まじいものがあります。ドラムンベースのような激しいビートに乗せて、叫ぶように、それでいてふざけるように歌う米津玄師。

興味深いのは、米津玄師との対談の中で常田氏が漏らした「これまでのKing Gnuは真面目ぶりすぎていた、優等生すぎた」という旨の発言です。この『KICK BACK』制作における、タガが外れたような自由な音作り、例えばサンプリング(既存の音源の一部を再利用する手法)の大胆な使用や、混沌とした展開は、常田氏自身にも大きな影響を与えたように見受けられます。

実際、この曲の後に発表されたKing Gnuのアルバム『THE GREATEST UNKNOWN』に収録されている『):阿修羅:(』や、最新シングル『SO BAD』といった楽曲を聴くと、以前よりも肩の力が抜け、音楽そのものを楽しんでいるような「遊び心」が爆発しています。お互いの才能がぶつかり合い、米津玄師だけでなく、常田大希という音楽家の新たな扉すら開いてしまった。そんな歴史的な一曲だと言えるでしょう。

死神:古典落語とポップスの怪しい出会い

タイトルからして異彩を放つこの曲は、なんと古典落語の演目「死神」を題材に作られています。「アジャラカモクレン…」という呪文のようなフレーズが耳に残って離れません。

曲の長さは3分強と短めですが、そのインパクトはアルバム内でも随一です。個人的にこの曲を聴いて思い出したのは、あの大ヒット曲『Lemon』の直後にリリースされた『Flamingo』の時の衝撃でした。

普通、これほど国民的な支持を得て「売れている」状態にあれば、多くのアーティストは守りに入ります。大衆に受け入れられやすい、耳馴染みの良いバラードや応援歌を作りたくなるのが人情というものです。しかし、米津玄師は違います。『Lemon』で頂点に立った直後に、ファンクで泥臭い『Flamingo』を出した時のように、「こんなに売れている時に、こんなに尖ったことをやっていいんだ!」という驚きを、この『死神』でも再び私たちに与えてくれました。

落語という「和」の語り口と、現代的なビートの融合。噺家のように巧みに声色を変えながら歌うその姿は、シンガーソングライターという枠を超え、表現者としての凄みを感じさせます。

さよーならまたいつか!:朝ドラ主題歌に潜ませた「多重人格」

NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌として、毎朝お茶の間に流れていたこの曲。一聴すると、爽やかで前向きな応援歌に聞こえるかもしれません。しかし、ヘッドホンでじっくり聴き込むと、そこには米津玄師らしい「一筋縄ではいかない複雑さ」が隠されていることに気づきます。

基本となる歌声は、深みがあり、余裕を感じさせる大人の響きです。包容力があり、朝に相応しい爽やかさを纏っています。しかし、歌詞の端々に注目してください。「さよーなら」という別れの言葉を、どこか飄々とした、まるで他人事のような軽いニュアンスで歌ったり、時折現れる棘のある言葉遣いの部分では、急に喉を鳴らすような「がなり」を入れたりしています。

これはまるで、一つの曲の中に複数の人格が存在しているかのようです。優しくて頼りになる人物と、皮肉屋で世の中を冷めた目で見ている人物。その相反する要素が、決して喧嘩することなく、絶妙なバランスで混ざり合っています。

ただ綺麗なだけの応援歌ではない。清濁併せ呑むようなリアリティがあるからこそ、この曲はドラマの主人公の波乱万丈な人生とリンクし、多くの人の心に深く刺さったのではないでしょうか。

地球儀:音のない「間」を聴かせる、究極のバラード

宮﨑駿監督の映画『君たちはどう生きるか』の主題歌。この曲について語る時、避けて通れないのが「間(ま)」の使い方です。

近年のJ-POP、特にサブスクリプションサービスで聴かれる音楽は、イントロを短くし、隙間なく音を詰め込む傾向にあります。飽きさせないため、飛ばされないための工夫です。しかし『地球儀』はどうでしょうか。

メロディとメロディの間に、たっぷりとした空白があります。ピアノの音が消え入り、次のフレーズが始まるまでの、あの一瞬の静寂。音楽において「音を出さない」ことは、実は音を出すこと以上に勇気がいることです。下手をすれば間延びして、退屈に聞こえてしまうからです。

しかし、米津玄師の歌声は、その静寂さえも音楽の一部に変えてしまいます。ブレス(息継ぎ)の音一つ、言葉の消え際の余韻一つで、聴き手を引き込み続ける。今のJ-POPシーンにおいて、これだけメロディに「間」を作っても成立させられるのは、彼が圧倒的な表現力を持っている何よりの証拠でしょう。

派手な装飾を削ぎ落とし、歌そのものの力で勝負する。米津玄師だからこそ到達できた、ある種の境地と言える作品です。

歌うことの楽しさを、あなたにも

『LOST CORNER』を聴いていると、米津玄師というアーティストが、声を楽器のように自在に操り、歌うことを心から楽しんでいる(あるいは苦しみながらも追求している)様子が伝わってきます。

「がなり」で感情を爆発させたり、優しく囁いて心に寄り添ったり。声の表現力には無限の可能性があります。「自分もこんな風に、思い通りに歌えたら気持ちいいだろうな」と思った方も多いのではないでしょうか。

もし、あなたが少しでも「歌ってみたい」「自分の声の可能性を知りたい」と思ったなら、その時が始めどきです。

オーラボイスボーカルスクールでは、プロの講師があなたの声を分析し、あなただけの魅力を引き出すお手伝いをしています。カラオケで上手に歌いたい、表現力を磨きたい、あるいはただ大きな声を出してストレスを発散したい。どんな動機でも構いません。

米津玄師さんのように……とまではいかなくても、昨日より少し自由に歌えるようになるだけで、世界はちょっとだけ明るく見えるものです。まずは気軽に体験レッスンから始めてみませんか?

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