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2025.11.09

コラム

“ビブラート”はいつから流行した?時代ごとの歌唱法の違い

流行の歌もある。流行の歌い方もある。

はじめに:ビブラートは「自然」じゃない?

歌を習い始めると、多くの人が「ビブラートをかけてみよう」と言われます。
確かに、ビブラート(音の高さを細かく揺らすテクニック)は多くの歌手が使っていて、「上手い人の証」に見えることもあります。

でも実は、ビブラートは昔から常に使われていたわけではありません。むしろ、時代やジャンルによって使い方・好まれ方が大きく変化してきました。
このブログでは、クラシックから現代のJ-POPまで、歌唱法の変遷をたどりながら、ビブラートの「流行の歴史」を分かりやすく紹介します。

1. 18〜19世紀のヨーロッパ:ビブラートは“スパイス”だった

クラシック音楽の世界で、ビブラートは今では当たり前のように使われていますが、18〜19世紀前半の声楽ではむしろ例外的なテクニックでした。
当時の声楽理論書や批評では、ビブラートは「トレモロ(Tremolo)」と呼ばれ、しばしば批判の対象になることもありました。

たとえば、18世紀のイギリスの音楽理論家チャールズ・バーニー(Charles Burney)は、過度なビブラートを「ヤギの鳴き声のようだ」と揶揄しています。また、19世紀前半の演奏家の記録でも、ビブラートは「特別な感情表現で一時的に使う装飾」とされており、常にかけ続けるスタイルは好まれませんでした

つまり、当時のビブラートはスパイスのようなもので、ここぞという場面でだけ使う特別な技だったのです。

2. オペラ黄金期(19世紀末〜20世紀初頭):常時ビブラートの登場

状況が変わったのは、19世紀末〜20世紀初頭のイタリア・フランス・ドイツのオペラ黄金期です。ワーグナーやヴェルディなど、オーケストラが大きくなり、劇場も広くなった時代です。

この時代、歌手はオーケストラの音量に負けないように、力強く長く声を伸ばす技術を求められるようになりました。
その結果、自然にビブラートがかかる発声が主流になります。常に豊かな響きでホールを満たすため、ビブラートは「テクニック」ではなく「声の性質」に近いものとして定着していきました。

実際、初期の録音(1900年代初頭)を聞くと、現代のオペラ歌手と同じくらい、あるいはそれ以上に強いビブラートがかかっている例もあります。

3. 録音技術の普及とポピュラー音楽の歌唱法

20世紀に入ると、マイクと録音技術が発展し、ポピュラー音楽が広がっていきます。ここでもビブラートの使われ方が大きく変わります。

マイクの登場によって、歌手はホールを響かせるような声量がなくても、繊細な表現が可能になりました。そのため、クラシックのような「常時ビブラート」ではなく、必要なときだけ軽くかけるスタイルが増えていきます。

アメリカのジャズやミュージカルでは、ビブラートはフレーズの終わりに柔らかく添える程度。1950〜60年代のポップス歌手(エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラなど)も、ストレートトーン(まっすぐな声)とビブラートを使い分けるのが特徴です。

つまり、録音技術の進歩によって、「声量で押す」スタイルから「表情で聴かせる」スタイルへ移行したのです。

4. 日本の歌唱史:演歌・歌謡曲・J-POPのビブラート

日本の歌唱法でも、ビブラートの流行は時代によって大きく変わっています。

戦前〜戦後の演歌や歌謡曲では、ビブラートは「こぶし」や独特の節回しと結びつき、情感を込めるための定番テクニックでした。長く伸ばす音で揺らすことで、泣きのある表現を生み出していたのです。

1970〜80年代になると、山口百恵、中森明菜、松田聖子などのアイドル歌手が登場し、ストレートな歌い方が増えます。ビブラートはフレーズの最後に軽く添えるくらいで、クラシックや演歌のような強い揺れは好まれなくなりました。

90年代以降のJ-POPでは、小室ファミリーやMISIA、平井堅など、ビブラートを効果的に使う歌手が人気になり、「上手い=ビブラートがきれい」という価値観が広がります。ただし、ロック系やアイドルグループなど、ビブラートをあえて使わないスタイルも並行して存在していました。

5. 現代の傾向:ビブラートは「必須」ではなくなった?

現代の音楽シーンでは、ビブラートの位置づけが再び変わりつつあります。
SNSやYouTubeなどで歌を聴く機会が増え、マイクやエフェクトで音を細かくコントロールできるようになったため、ビブラートを多用しない歌い方も増えています。

特に若い世代のポップスやボカロ曲では、ストレートトーンの精密さやリズム感、メロディの細かい動きが重視される傾向にあります。
一方で、バラードやR&B系では相変わらず美しいビブラートが好まれるため、ジャンルによって使い分けられるようになっています。

つまり、「ビブラートがある=上手い」という時代ではなくなり、ビブラートは表現の一手段として、自由に選ばれる時代になっているのです。

まとめ:ビブラートは時代の鏡

ビブラートは、声に自然に現れるものと思われがちですが、実は時代や音楽の環境によって大きく変わってきた技術です。

  • 18〜19世紀前半:ビブラートは特別な場面だけの「装飾」
  • 19世紀末〜20世紀初頭:オペラで常時ビブラートが主流に
  • 20世紀:録音技術の発達で、表現として使い分ける時代に
  • 日本でも演歌・歌謡曲・J-POPで流行が移り変わる
  • 現代:ビブラートは「必須」ではなく、表現の一つになった

「ビブラートがある=正解」ではなく、時代やジャンルに合わせて使い方を変えることが大切です。歌の表現は常に変化し続けています。あなたの歌にも、時代の空気がきっと宿っているはずです。