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2025.10.28

コラム雑談

世界の不思議な歌唱法

世界の伝統的な歌を紹介します

1. モンゴルのホーミー:大地と風を歌う声

モンゴルの草原に広がる風景を思い浮かべてください。馬が駆け、風が吹き抜けるその大地で生まれたのが「ホーミー(Khoomei)」と呼ばれる歌唱法です。
ホーミーは「喉歌」とも訳され、ひとりの歌い手が同時に複数の音を出す「倍音唱法」です。低いドローン(持続音)を響かせながら、高い笛のような音を同時に鳴らすことができます。これは声道の共鳴を巧みに操作することで可能になります[Britannica]

ユネスコの無形文化遺産にも登録されており[UNESCO]、単なる特殊技法ではなく、遊牧民の自然観や精神文化と深く結びついています。歌い手は風や川の音、動物の鳴き声を模倣し、自然と人間の調和を表現するのです。
初めて聴いた人は「え、二人で歌ってるんじゃないの?」と驚くこと間違いなし。カラオケで真似しようとすると、喉を痛める可能性が高いので要注意です。

2. アフリカのポリフォニー:みんなで織りなす声の布

次にご紹介するのはアフリカの「ポリフォニー(多声音楽)」です。ポリフォニーとは、複数の独立した旋律が同時に進行する音楽のこと。ヨーロッパの教会音楽でも有名ですが、アフリカのポリフォニーはもっと生活に根ざした形で存在しています。
たとえば中央アフリカのピグミー音楽では、村人たちが輪になって歌い、それぞれが異なるフレーズを繰り返します。すると、全体としては驚くほど複雑で美しいハーモニーが生まれるのです[Ancient War History]

この音楽は「誰かが主役」というより「みんなで織りなす布」のようなもの。ひとりひとりの声はシンプルでも、重なり合うことで壮大な音楽世界が広がります。
つまり、アフリカのポリフォニーは「音楽はみんなで作るもの」という思想を体現しているのです。日本の合唱にも通じる部分がありますが、より即興性が強く、歌いながら自然にハーモニーが生まれる点が特徴です。

3. インドのラーガ:時間と感情を操る旋律

インド音楽の中心にあるのが「ラーガ(Raga)」です。ラーガとは単なる「曲」ではなく、「旋律の枠組み」であり、時間帯や感情と結びついた音楽体系です。
たとえば「朝のラーガ」は爽やかで清々しい雰囲気を持ち、「夜のラーガ」は静かで瞑想的な響きを持ちます。インド古典音楽では、演奏者はこのラーガのルールに従いながら即興的に歌や演奏を展開します[Britannica]
つまり、ラーガは「音楽のカレンダー」であり「感情の地図」でもあるのです。日本で「春の小川」や「夏祭りの歌」を聴くと季節を感じるように、インドではラーガを聴くことで時間や気分を共有するのです。

ちなみに、ラーガを歌う声楽は「ラーガ・ガヤン」と呼ばれ、声の装飾(グリッサンドや細かい音の揺れ)が特徴的です。初めて聴くと「音程が自由すぎるのでは?」と感じるかもしれませんが、実は非常に厳密なルールに基づいています。

4. なぜ世界にはこんなに多様な歌唱法があるのか?

ここまで紹介したホーミー、ポリフォニー、ラーガ。どれも「人間の声」という共通の楽器を使いながら、まったく異なる表現を生み出しています。
その理由のひとつは「環境」です。モンゴルの広大な草原では、遠くまで響く声が求められ、倍音を活かしたホーミーが発展しました。アフリカの共同体では、みんなで参加できる音楽が重要で、ポリフォニーが自然に生まれました。インドでは哲学や宗教と結びつき、時間や感情を音で表すラーガが体系化されました。
つまり、歌唱法は「その土地の生活や文化の鏡」なのです。声は誰もが持つ楽器だからこそ、地域ごとに独自の進化を遂げたのでしょう。

5. 現代に生きる伝統歌唱:ポップスや教育への応用

これらの伝統的な歌唱法は、決して過去の遺物ではありません。現代の音楽シーンにも影響を与えています。
たとえばホーミーは、ワールドミュージックや映画音楽に取り入れられ、独特の響きで観客を魅了しています。アフリカのポリフォニーは、ゴスペルやアカペラ音楽に通じる要素として世界中で親しまれています。インドのラーガは、ジャズや現代音楽との融合が進み、即興演奏の新しい可能性を切り開いています。

また、教育の場でも「声を使った多様な表現」は注目されています。リズム感や協調性を育む教材として、伝統的な歌唱法が紹介されることもあります。たとえばホーミーの倍音を聴き取る練習は「耳を澄ませる力」を養い、アフリカのポリフォニーは「他者の声を聴きながら自分の声を重ねる」協働学習に役立ちます。インドのラーガは「時間帯や気分に合わせて声を使い分ける」感性教育として注目されています。
つまり、これらの歌唱法は単なる民族音楽の紹介にとどまらず、現代社会における教育・芸術・健康の分野に応用可能な知恵の宝庫なのです。

6. まとめ:声は人類最古の楽器

ホーミー、ポリフォニー、ラーガ――これらは一見バラバラに見えますが、共通しているのは「人間の声が持つ無限の可能性」を示している点です。
声は人類最古の楽器であり、楽器を持たなくても誰もが音楽を奏でることができます。そして、その表現方法は環境や文化によって驚くほど多様に進化してきました。
現代の私たちがこれらの歌唱法に触れることは、単なる「珍しい音楽体験」ではなく、「人間とは何か」「文化とは何か」を考えるきっかけにもなります。
音楽を聴くとき、ぜひ「声」という楽器の奥深さに耳を澄ませてみてください。もしかすると、あなたの声にもまだ眠っている“不思議な歌唱法”が隠れているかもしれません。


参考文献:
– UNESCO Intangible Cultural Heritage: Mongolian art of singing, Khoomei
– Encyclopaedia Britannica: Throat singing, Raga
– Ancient War History: Traditional music from Mongolian throat singing to African polyrhythms
– 音楽民族学関連研究(アフリカのポリフォニー、インド古典音楽の体系など)